2014年6月29日日曜日

夢の住処は、鞄の中に

おはようございます(^^)

夢が現実感を伴っている日がここ2週間ほど続きます。

上手く言えないのだけど

なんか、、

夢が夢じゃないっていうか
夢は夢なんだけど・・・

夢の中でもうひとつ

別の人生、世界に身を置いているような感覚

以前のそれとの違いは

会話が、やり取りがとても具体的っていうこと
あと夢自体をよく覚えているっていうこと

今日起きた時に覚えている夢の一部、情景とフレーズ
・どこか旅をしている。ひとりではなく女の人とふたり
・その人をおんぶして歩いている
・祭り、露店の中を走ったりしている。何かを求めている
・小学校の友人が登場してくる
・大きいお風呂に浸かり、顔だけを出し、他の部分は水に委ねている
・何かから逃げている?誰かに追われている。
・見つかり、僕の生き方について今回見た夢で会話を交わした人たち、また過去人生において出逢った人たち、俳優の人たちが話している。生き方というか未来どう在るのかについて。
・「“ほにゃらら”は敵だ」というフレーズ
・「自分を信じて生きろ」というフレーズ
・誰かを守っている

“ほにゃらら”には

僕のひとつのアイデンティティなるものが入っています。

それが“敵だ”というところにはどういった意味が含まれているのか。。

おそらく想像するに

『重要なのは血ではなく生き方だ』ということではないかと。

ローリング・サンダーの言葉です、はい。


昨日は

午前中、スーパーの特売日ということで

数日前から広告を見て

ばあちゃんと「これとこれと…これ買おうね」という話をしていたものを

開店少し前にお店に行き、列に並び買いました。

主婦やってました。

その後、すぐにお出かけをし

夜10時過ぎに帰宅。

お風呂入って、色々してたらいつの間にか寝てて

日付が変わるその瞬間に、身体がブルブルってなって目覚めた。

あれ何だったんだろう。


昨日一日を通して

やはり、自分の在りたい姿を『保つ』ことの難しさを感じました。

目の前のことに追われ

瞬間の感情に支配され

今までの自分の習慣が浮上してくる。。

今までの自分を押し込めるのは難しいだろうから

在りたい姿を

習慣よりも上に浮上してくるようにしていければいいな。

もしくは

在りたい姿をいっぱい浮かび上がるようなことになればいいな!

今日も一日、心に笑顔を

2014年6月28日土曜日

望遠鏡や顕微鏡で見えないもの。

おはようございます(^^)

昨日は20キロくらい歩きました

久々に10キロを超える感じで

身体は疲れたみたいだけど

心は晴れやか


自分の活動範囲

その大凡の限界を知ることは清々しいものです

昔の人は10里、40キロくらい

歩いたと知って

日本の伝統食はスゴいなぁ

丹田を意識することは大切だなぁ

と感じました


散歩をしていると

色んなものが目に入ってきます

途中、何で歩いているのか

わからなくなるときもあるけど

それでも

空気や自然を肌で感じられることは嬉しい


目的地を設定し

生き方は行き当たりばったり

途中、神社に寄ったり

雨宿りしたり

人と話したり

行き止まりにぶつかったり

坂道でアスファルト以前の光景を妄想したり

鳥の羽ばたきに想いを馳せたり

虫の鳴き声に共鳴したり

自分の身体を労ったり

風に生命を感じたり

分析ではわからないこと

見えないもの

そういったものに出逢う機会をいただきます


散歩してて

自分の器が少し大きくなったことを感じたよ

まだ受け入れることのできない現実があるけど

それが自分の妄想だ、っていうのもわかっているのだけど

まだ受け入れることのできない現実があるけど

少し、ほんの少し大きくなったような気がするよ

嬉しいな

僕の長い長い空白の時を埋めてくれたようで

生きることを諦めないで良かった

有り難う、本当に有り難う



ひとり

泣き続けた

あのとき

僕を支えてくれたこの曲を

あなたへ贈ります

満天の空に君の声が響いてもいいような綺麗な夜
悲しみが悲しみで終わらぬよう せめて地球は周ってみせた




無味を悟るその先に 浮かぶ光の粒を

2014年6月27日金曜日

【幻想に顕現する僕】

昨日は夜遅くに

油そば食べました

身体には重いってわかってるんだけど

たまに、食べたくなるんだよなぁ

油そばって

大学2年生の時、以来だったかも

たまに、っていうのは

夜遅くに、っていうところに


ときどき

絶望が僕を包み込むよ

いや

もしかしたら

絶望が僕を作っているんじゃないのか

っていうくらい

ネガティブになるよ

根暗の人見知りが僕ですからね


でも

僕には、色んな僕がいるから

根暗じゃない僕もいるんだよ

人見知りじゃない僕も・・・

うーん、いないかなぁ

それは


あるがままを生きる

って

自分を生きる

って

言葉にすると軽いようだけど

難しいね

何が

あるがままで

何が

自分か、って

誰にもわかんないし

でも

人は「完全」「一貫性」を求めるから

僕は疲れちゃうなぁ

もう『矛盾ばんざーい』って叫びたいな

宇宙の1%も知らない人類の

そのまた一人の人間の

小さな存在に真の「一貫性」を求めたって

それは

砂でできたオブジェだよ


あるがままを生きる

自分を生きる

それはね

きっと

【矛盾】を生きることだと思う

その【不条理】を受け入れ

【絶望】を抱え

【希望】を見出し

全てに【感謝】を抱き

そして全てを【手放す】


【手放す】っていうと

マイナスのイメージがするけど

本当の意味の【手放す】は

ものすごくポジティブらしいよ

この前、僕の尊敬する人たちがそう話しているのを聞いたんだ

本当の意味

っていう言葉が本当に正しいのかどうか、は

わからないけど、ね


ありきたりに終わらせると

世界は、僕が見たいようにそこに在る

かな

だから

僕らは幻想に現れるのさ

自然体に自分を生きよう

自分で在ろう

2014年6月1日日曜日