2014年2月26日水曜日

神風特別攻撃隊・発祥の地を訪ねる。 フィリピン・マカラバット

【神風特別攻撃隊・発祥の地を訪ねる】

現地で活動しているNPOの方にマニラ近郊を案内していただきました。

フィリピンの現状、日本との関係、第二次世界大戦のお話などなど今日は初めて知ることばかりでした。

取り急ぎ2つほど共有します。

その1 もうひとつの地
今日僕が訪れたマバラカット東飛行場はいわゆる知覧から飛び立った少年隊員の上官に当たる人たちが特攻隊員として飛び立った地です。

ここでの作戦が成功し当時の軍部は特攻作戦を展開させる決定をしたそうです。

けど、それは上官(熟練者、職業軍人)だから成功したのであって…


僕は特攻隊と言えば、知覧のイメージしかなかったので衝撃的でした。












その2 隊員の遺書


特攻隊員の遺書ってみんな達筆じゃないですか


あれって実は


部隊に属している者の中で一番字がうまい人が書いていたらしいです。


一人一人下書きをして、それを上手い人が清書する。


「俺は死ぬ。この手紙が遺書となる。」


だからこそ、達筆でありたいと当時の人は願っていたみたいです。


いやー知りませんでした。



このような事実を知ることで当時の人々の「生」というか


息づかいを錯覚かもしれませんが、感じることが出来ました。


もちろんこの事実以外にも事実はあるはずです。

ただこういった事実もあったということで。







最後に今日特に響いた言葉


『戦争体験と戦闘体験は違う。』

『日本人がフィリピンに出稼ぎに来ていた時代もあった。』
『当事者であるがゆえに先入観がある。』
『本当はない命』



あと数日、フィリピンを体感してきます。

2014年2月18日火曜日

ハワイ島での経験。


野に咲く花



夜空に浮かぶ星や月




温かさを伝える太陽




香りや音を乗せた風




時に優しく、時に厳しく全てを包み込む水




自然もありのままが一番美しいように




その人がその人であるときが一番美しい




泣きたい時に泣き




笑いたい時に笑い




人のありのままの姿って




本当に美しいんだ




本当に






満月の日の朝日


ゲストハウスからの夕日


はしゃぐ僕



陰と陽のこの境目、好きです。

2014年1月23日木曜日

習慣となるためには…

毎日コツコツやって習慣化していくって本当に大切だなぁ。

「習慣化」も大切なんだけど、習慣にしていくことで

色んなこと、些細なことに気付くようになる。

そっちの方がもっと大切なような気がする。


部屋や玄関、トイレを毎朝掃除していても


必ず埃やゴミが落ちている。


今までは週に1,2度だったから汚れていても当然、っていう感じだったんだけど


毎朝掃除し出して



毎日部屋や玄関が汚れていて意外だった。


小学生の時の掃除の時にそのことは知ってたんだろうけど


大学生になって改めて知った。


人は自然の中で生きてるんだなぁ、って。


継続することは良いことだけど


それよりも続けられることを続けることの方が大切だと思う。


継続することが目的になるのも何か違うし。


続けれられることをやっていく方が結果続くし、楽しいし!


でも…


習慣はいずれ


どこかのタイミングで


足かせになるから


習慣化しつつそこに依存しない意識を


持って生きたいな。

.

この世界は意識したら意識したものが見えてくる


自分が今何を意識しているのかを冷静に見ている自分





意識していること、していないことに関わらずそれ自体を楽しんでいる自分





織り交ぜながらこれからも生きたい。

2014年1月9日木曜日

読書メモをブログに書いてみた。

【上への角度】

『文章』

量化された世界は最低ラインによって明確に線引きがなされている。

『言葉では規定できない』

最高条件を常に目指しているかどうか。

その2つは行動と行為の違いでもある。

.

【感性に生きる、知性に生きる】

感性に生きる。

環境と交渉し合うだけでは 、新しい世界は作れない。

今の資本主義経済は、希望を奪い、欲望を与える場所となってしまった。

そして、技術が環境となり主客対立構造が消失していった。

技術が環境となる。

その結果

マニュアル通りに動く技術動物が増えていき

自己を何かに委託し

有り難さがそこから失われていった。

技術が進歩すればするほど、人は有り難さを失っていく。

マニュアル通りに動く技術動物が増えると

他者との対話のプロセスが省略される。

プロセスにこそ思考があることを人は忘れてしまった。

技術は『視覚の目』であり、有限である。

しかし、『意識の目』は無限である。

今、僕らは自分の時間割を作っていかねばならない。

時間を自分の範囲内に置く必要がある。

それは、自分を律することであり

自分の幸せを知的に追求することである。

自立し、幸せを知的に追求することで

人は『自分を持ちながら自分を消す』ことができる。

これは

【究極の自己中】といえる。

自分を愛するように、他人を愛す。

愛する何かに対する気持ちを他者に振り向けていく過程が【生きる意味】であり

他者の喜びを自分の喜びにするために【働く】のである。

人間の心に余裕さえあれば、身の回りには美しいものが数えきれないほどある。

.

【友】

希望を与え、師が友となる教育をしていこう。

友というあなたの名誉を誰に与えるのか。

量的“友”が増えていく時代において

あなたにとっての友とは何だろう。

2013年12月20日金曜日

宮沢賢治の世界。

こんばんは〜。

今、僕は大阪にいます。


今日の夜、とある方のポエトリーリーディング

『農民芸術概論綱要』

という宮沢賢治の作品を初めて知りました。

彼の作品は

銀河鉄道の夜
注文の多い料理店
クランボン

くらいしか知りません。


では、今日出逢った

『農民芸術概論綱要』の一部を…


世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である

(http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/2386_13825.html より抜粋)


80年ほど前に宮沢賢治が綴ったもの。

だけど、今に通ずると僕は思います。

彼がどういった人だったのか、どのような観点で物事を捉えていたのか

調べてないのでわからないです。

わからないけど、何か好き。

彼の世界観が好き

僕は好きです。





ポエトリーリーディングの余韻に浸りながら

宮沢賢治を媒体に

「在り方」について少し考えてる。。



「何が本質か」それは立場によって違う。

本当は同じはずなんだけど違う。

だからこそ、今自分がどこにいるのか、何者なのかを把握することが大切だと思う。

この現実世界で生きていくためには。

「今、どこにいるのか」



その問いは自らの在り方に繋がり、その在り方がやり方、場を選択する。

もちろん場から自らの在り方へという流れもあるけど、僕には在り方からが良い気がする。

いくら場が素晴らしくても在り方がなければ、僕は場に洗脳されてしまう。。

染まっちゃう。



とにかく

宮沢賢治さんは僕の世界観を広げそうです。

感謝。有り難うございます。

2013年12月14日土曜日

日常と非日常の境目って何だろう。

久しぶりに投稿してみる。。

今日から月曜日まで福岡です。

初福岡でありまする。

空港と街が近いっていいなぁって思った次第です。

そして…

「カラスの鳴き声」が…

カァ・カァ・カァ・カァ・カァ

でした。

こっち(東京)は

カァー・カァー・カァー

って感じなのですごく面白いです。

たぶん、これは非日常空間に踏み入れたから感じたもの。

もしかしたらこの気付き自体が錯覚で

東京でも「カァ・カァ・カァ」と泣いているかもしれない。

けど、確かに僕はそう感じました。




旅。

旅は心を躍らせますね。

物事の解像度をあげてくれる手段です。

楽しい。


2013年12月2日月曜日

手話って母国語?

今日

有川 浩さんの『レインツリーの国』


という本を読みました。

真ん中の本です。

この本のなかに

「手話は補助言語とは限らないんだよ。」みたいなフレーズが書かれており

ハッとしました。


生まれつき耳が聞こえない人

ある日突然耳が聞こえなくなった人

前者にとって手話とは、第一言語

そして後者にとっての第一言語は日本語


同じ『手話』という言葉で括られていても

その使い方というよりも感覚が違う。


僕にとっての『手話』はあくまでも補助言語です。

そしてどこか遠くの国で使われている言語と同じで自分とは関係のない言語だと思っています。

ただ、それは今の僕の環境での話。

環境は人それぞれ違う。

手話は補助言語ではない人もいる。

そのことに気付かされました。

僕にとっては日本語が母国語で英語が第二言語ですが

ある人にとっては手話が母国語で日本語が第二言語になる。


もちろん本から得たもので、実際のところはわからない。

わからないからし、もしかしたらこの投稿内容を不快に感じる人がいるかもしれない。

けど、僕はこの本を通して

新しい視点を得ることが出来た。

きっと僕にとってそれが必要な視点だったからそのフレーズが心に残ったんだと思う。

常識はひとつじゃないから、それに固執するな、もっと柔軟に

ってことなのかな。



ちなみに

左の本はカフカの『変身』です。

初めて読みました。

何故、読み継がれるのか分かった気がします。

様々な観点や視点を得たい。